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仮説思考力で企画と事業のPDCAを回す④ファクト→現状仮説→戦略仮説

ファクトを集めたら、集めたファクトをもとに仮説を量産していく。
仮説は多ければ多いほど、ビジネスの可能性が広がる。
最初から精度の高い仮説をだすことに拘るよりも、まずは量を意識するのが良い。
仮説同士が結びついてさらに良い仮説が生まれたり、仮説をたくさん出す事で思考がシャープになる
効果もあるからだ。

この記事では「アクティブシニア向けの新規事業を創る」というテーマを題材に、
ファクトから多くの仮説を生み出すプロセスをお伝えしたいと思う。

目次

アクティブシニア向けの新規事業仮説を考える

あなたは新規事業の企画担当者。
3ヶ月後にアクティブシニア向けの新規事業のアイデアを複数考えて、
上長にプレゼンテーションしなければならない、という状況設定として進めていく。

まずは課題と論点を整理して、仮説の目的を明確にする

●達成したい目標:アクティブシニア向けの新規事業のアイデアを複数考える

●課題:アクティブシニア向けのビジネスアイデアが、現時点で社内に1つもない
1・上長や経営にも具体的なアイデアがない
2・過去に検討されたアイデアの情報が社内に蓄積されていない
3・ターゲットであるアクティブシニアに関する情報が社内にほぼない

●論点:
1-a・上長や経営が具体的なアイデアを持っていないのはなぜか?
1-b・どうやったら上司や経営がアイデアを持てるようになるか?

2-a・過去に検討されたアイデアが社内に蓄積されていないのはなぜか?
2-b・どうやったら検討アイデアが蓄積されるようになるか?

3-a・アクティブシニアに関する情報は社内にほぼないのはなぜか?
3-b・どうやったらアクティブシニアに関する情報を集められるか?

課題から想定される論点は3×2=6つあるが、
「新規事業のアイデアを複数考え出す」という達成したい目標に繋がる論点は③である。

①について。
上長や経営にもアイデアを持っていて欲しいところだが、
彼らがアイデアを持てるよう働きかけるのは大きな労力と時間がかかるわりには、成果も小さそう。

②については、検討履歴を残すような仕組みが必要だと考えられるが、
今回の達成したい目標とは直接的には関係ない取り組みである。

一方で、③は新規事業のアイデア出しに繋がる。
したがって、まずは「新規事業のアイデアを複数考えだすために(達成したい目標)、
アクティブシニアに関する情報をどうやって集めるかを考えること(論点)」が重要となる。

そして論点を深めた結果、複数の調査手法を活用してファクト(アクティブシニアのライフスタイル)を集め、
それをもとに現状仮説と戦略仮説を考えていく事になった。

以下はそれぞれの調査手法から得られたファクトと現状仮説である。

●デスクリサーチ

-ファクト:
平成30年4月の総務省人口推計によると、日本の人口約1億2,650万人のうち、
60歳以上は4,304万人で約34%を占める。
細分化すると、60代は1,727万人・70代は1,479万人・80代以上が1,097万人。
また、厚労省の平成29年簡易生命表によれば、日本人の平均寿命は男性81歳・女性87歳だった。

-現状仮説:
多くの企業の定年は60歳であり、
平均寿命が80歳である事を考えると60歳~75歳がアクティブに生活できる年齢だと仮定。
2,529万人がターゲットになる。中でも60代の1,727万人は疾病率も低いだろうから、
アクティブシニアのコアターゲットになる。
さらにこの層には、一定のビジネス経験・知力・体力がまだ備わっていて、
意欲はあるにも関わらず、定年で活躍の場を失っている人々も多くいるだろう。
再就職というキーワードを深めるのが良いかもしれない。

●インターネットリサーチ

-ファクト:
全国・60代・男女・定年退職をした人に対してインターネットリサーチを実施。
再就労意欲を調査した所、「とても働きたい/働きたい」のいずれかを選んだ意欲的な層が全体の60%であり、
過半数を占めていることが確認できた。
なお再就労意欲の傾向としては、定年退職後の60~65歳が最も低く40%であり、
66~70歳の就労意欲が最も高い70%という結果だった。

-現状仮説:
定年直後は労働から解放された喜びがあって再就労意欲が低いが、
数年ほど自由な時間を過ごすと時間を持て余すようになり、
改めて「自分の能力を発揮したい」や「仕事を通して社会に貢献したい」という意欲が高まってくるのだろう。
ただ定年から5年も経過すると、ブランクに対する不安・億劫さ・健康リスクなども出てくるので、
最初の一歩を踏み出すキッカケを掴めないでいるのではなかろうか。

●インタビュー調査

-ファクト:
60代の定年退職者に対して、
男性・女性それぞれ3名ずつ普段の生活に関するインタビューを実施したところ、
男性よりも女性の方が再就労意欲が高い印象を受けた。
ブランクや自分の健康に対する不安も女性の方が低かった。

また何より女性の方が、やってみたい事や実現したい事を活き活きと楽しそうに話す姿が印象的。
一方で、日々の生活の不満としては「話し相手が旦那ばかりでつまらない」や
「近場で自分が欲しい服や物を売っているお店がなくて不便」という発言が目立った。

シニア向けビジネスの専門家にも並行して話を伺ったところ、
アクティブシニアは購買意欲や新しいことへの挑戦意欲は旺盛だが、
それを満たす商品・サービスが世の中に不足している事が問題、という意見を得られた。

-現状仮説:

男性よりも女性の方が平均寿命が長く、心身ともに元気な期間(健康寿命)も長いだろう。
さらに女性の方が社会や他者との繋がりを大切にしており、
自然に多くの他者と繋がれる場として、会社や組織への再就職を魅力的だと捉えているのでは無いだろうか。
またアクティブシニアに特化した商業施設もニーズが高いように思える。

●フィールドワーク

-ファクト:
コアターゲットである60代が多く訪れるという、日比谷シャンテに実際に行ってみた。
実際に行くと日中の客層はほとんどが女性客であり、年齢はおそらく60代前後の印象。
買い物や談笑を楽しんでいる人々で溢れ、非常に賑わっている。
たくさんの紙袋を両手にぶら下げている女性を何度も見かけた。

周囲には多くの映画館や宝塚劇場・帝国劇場などもある。
シャンテ内のテナント店舗も60代向けの店舗で占められており、
六本木ヒルズやららぽーと等と比べて、明確に施設づくりのコンセプトが違うことが体感できる。

60代マダムたちの会話に耳を傾けていると、
「都内に来たのは久しぶりで楽しい」「旦那が金魚のフンで困る」
「この後、子どもと夕食一緒にたべるのよ」等と、会話が弾んでいるようだ。

-現状仮説:
アクティブシニアに特化した商業施設は活況に見える。
ニーズを満たす商品があれば購買頻度は高いかもしれない。
また、60代マダムにとって定期的に都内に来る機会は、
ショッピングや観劇などのエンターテインメントを楽しみにくるだけでなく、
日常(旦那)から解放される時間の獲得・子どもと会うキッカケの獲得というメリットが
大きいと考えられる

ファクト・現状仮説を踏まえて、戦略仮説を考える

戦略仮説①:
60代の中でも、年齢が66歳~70歳の世代や、定年退職した女性は就労意欲が高くバイタリティがありそうだ。
都内(首都圏)で働く機会があれば、旦那から開放されるだけでなく、
仕事帰りにショッピングや子どもとの食事などを楽しむ機会も増える。また他者との接点も増える。

ただし、企業面接に応募しても書類選考が通らない可能性も高いし、
雇用ニーズがある企業を探すノウハウは持っていないだろう。

彼女達は収入獲得が主たる目的ではないはずなので、
企業が人材として活用できれば賃金(コスト)は抑えられる。

従って「60代女性に特化した都内(首都圏)で働く機会提供のマッチングサービス」は、
ビジネスチャンスがあるのではないか。

戦略仮説②:
映画館・劇場・コンサートホールなど60代女性が好んで訪れる施設の近隣に、
日比谷シャンテのようなシニアにターゲットを絞ったショッピングモールはニーズがあるかもしれない。
またショッピングモール内に、就職斡旋窓口や職業訓練施設などを設けて、
再就職を支援する役割を持たせたら集客効果が高まり、相乗効果があるのではないか。

ここで挙げた2つの戦略仮説(新規事業アイデア)の事業性判断は、
別プロセスでしっかりと検証される必要がある。

しかし、「ファクト→現状仮説→戦略仮説」というプロセスで深められている仮説は、
このプロセスを経ていない仮説よりも、質が高く、ビジネスの成功につながりやすいものだ。

この「ファクト→現状仮説→戦略仮説」というプロセスで、
特に重要なのが戦略仮説まで落とし込むことだ。

いくら手早くファクトを収集し、筋の良い現状仮説を構築できたとしても、
「こうしたら良いのでは無いか?」という具体的な解決策の仮説、
すなわち戦略仮説が生まれなければ課題は解決されない。

現状仮説を考えた後には必ず「How?(どのように?)」と自問自答し、
戦略仮説まで考え出す事を忘れないようにしよう。

ミルトークというSaaS型事業開発の事例

私がマクロミルでミルトークという新規事業を立ち上げた時も、
もちろん仮説思考のプロセスを使っている。

ミルトークとは、企業のマーケッターと生活者が特定のテーマに対して、
掲示板やグループトークを活用して直接コミュニケーションができる、
マーケティングリサーチプラットフォーム(https://milltalk.jp/)である。

2015年のリリース以来、お陰さまで1万名を超えるマーケッターの方々にご利用いただいている。

このサービスをリリースした背景には、業界のトップランナーであるマクロミルが市場拡大のために、
マーケティングリサーチの価値をもっと多くの方々に伝えたいが、
リサーチは成果物がデータという無形財であり、通常のマーケティング活動ではその価値を伝えにくいという
課題があった。

実際の調査結果や調査の活用事例などをコンテンツ化し、オウンドメディア上で積極的に公開しても、
リサーチ未経験の方にその価値や必要性を感じさせる事は難しかったのだ。
課題を裏付けるファクトとしては、年間2万件以上の問い合わせをオウンドメディアから獲得していたが、
過半数は既存顧客からの流入であり、さらに受注に繋がる問い合わせの70%以上が
新規顧客ではなく既存顧客だったという分析結果などがあった。

「リサーチ未経験者にとって、やはりリサーチの価値を頭で想像するのは非常に難しい(現状仮説)。
実際にリサーチを体験して貰うしかない。オウンドメディア内に調査の無料体験のようなコンテンツが
必要ではないか(戦略仮説)。」という仮説を考えた。

ところで私はミルトークをリリースする1年前位に、
本社の中期事業戦略を立案するミッションを担当していたのだが、ビジネス環境を把握するために、
さまざまなデスクリサーチや社内ヒアリング、そして30社ほどの顧客インタビューを実施していた中で、
以下のような印象的な言葉に出会っていた。某大手メーカーのマーケティング部長の言葉である。

「お陰様で業績は好調で、戦略商品の売れ行きも好調。だが売れている理由、
『誰が、なぜ、どのようなキッカケで買ってくれているのか?』はどんどんわからなくなっていて、
マーケティング施策の手応えは小さい。データ分析に時間を取られてしまい、消費の現場に行けない、
消費者の声を体感していないマーケッターが増えた。」

この言葉を聞いたとき「マーケティングが複雑になっている現代では、
マーケッターの忙しさは今後も変わらないから、現場へ行く時間を確保するのは難しそうだ(現状仮説)。
であるならば、現場に行けないマーケッターに対して、業務時間中に、簡単に消費者と繋がれる場を
提供したら喜ばれるのではないか(戦略仮説)」という仮説を持ったのだったが、この仮説を私は覚えていた。

そこで、自社のマーケティング課題である新規顧客獲得を実現するための
「オウンドメディア内に無料の調査体験コンテンツをつくる」という戦略仮説と、
マーケッターが消費者の声を体感できないという顧客のマーケティング課題を解決する
「業務時間中に、簡単に消費者と繋がれる場の提供」という戦略仮説を統合進化させ、
次のような新規事業のコンセプトを生み出した。

「マーケッターでも、これからリサーチを始める人でも、
簡単な掲示板を作成するだけで、自分が直接消費者の声を集められるプラットフォームを創ろう。
無料で提供すればリサーチをやってみようと考える人は増えるだろう。
さらに、ユーザーが作成した掲示板や消費者の投稿内容を誰でも自由に閲覧できるようにすれば、
生活者の声が集まるマーケティングメディアになるから、
掲示板を作成しない人でも消費者の声の価値を実感できるのではないか。
リサーチは小難しい印象を持たれがちだから、デザインはカジュアルにポップに!」

この戦略仮説が「ミルトーク  -アイデアあつまる、アイデアみつかる- 」 として形になったのだ。

今では延べ1万人を超える方々が利用しており、大半が新規顧客だ。
利用者からも消費者の現場感を手軽に把握できる、と高評価をいただいている。

仮説が事業の成功という形で検証されたので、非常に達成感があった事例となった。
もちろん、実際には本書で触れているオウンドメディアの成果分析や30社を超える顧客インタビューの他に、
消費者に対してミルトークへの参加意向を確認するインターネットリサーチや、
競合が類似サービスを提供していないか、ターゲットする市場規模の算出など様々な分析をしており、
多彩なファクトから現状仮説を立てて、戦略仮説を導き、サービスを具現化したというプロセスを踏んでいる。

ただ、起点となったのは多彩なファクトであり、
そこから戦略仮説まで導いたことがポイントだったと振り返っている。
本記事の提案を愚直に実行していた事例だったので紹介させてもらった。

それではまた。

❏書籍紹介
ビジネスプロデューサーの仕事を、新規事業開発の企画プロセスと重ねて解説しています。
よろしければ手に取ってみてください。
>>『多彩なタレントを束ね プロジェクトを成功に導く ビジネスプロデューサーの仕事』

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