プロトタイプでソリューション仮説を検証し、
顧客が検討中のソリューションにお金を支払ってくれる手応えが深まって来たら、
いよいよビジネスモデルの検討を始めていく。
ビジネスモデルとは何か
まずは一般的なビジネスモデルの定義を紹介しておこう。
・ビジネスモデルとは、どのように価値を創造し、顧客に届けるかを論理的に記述したもの
『Business Model Generation』 翔泳社 より
・ビジネスモデルとは、ビジネスが顧客と企業の双⽅にとっての価値をどのようにして創造・提供
『ホワイトスペース戦略』マーク・ジョンソンより
するかを表現したものである
ビジネスモデルはかなり抽象的概念であり、人によってとらえ方はまちまちだが、
私は、IDEOが提唱する「デザイン思考③つのレンズ」の考え方をもとに、
「ビジネスモデルとは、有用性・持続可能性・実現可能性を統合し、収益をつくり続ける仕組み」
と理解している。
有用性は前記事で伝えた「そのソリューションは、本当に顧客課題を解決するものか」という視点だ。
持続可能性は「ソリューションを継続的に提供できる仕組みになっているか」という視点である。
継続的に提供するためには、もちろん売上が必要となる。
そして、お客様からいただくお金(=売上)が、ソリューションを提供するために必要な費用よりも
上回り続けないといけない。利益=売上-費用なので、利益を生み続ける構造になっているか、
いつからそのような構造になるかを考えることが、持続可能性を考えるということだ。
売上は単価×件数なので、単価であれば課金形態や価格、件数は獲得可能な顧客数・案件数などを考えていく。
また、売上は0でも費用だけは発生するという状況はいつでも起こり得るので、
費用の見立ては特に精緻に行う必要がある。ところが、新規事業開発の初期段階で発生する費用はしっかりと
考慮されているものの、事業運営に必要なチームの人件費や障害対応・追加改修などのシステム開発費、
マーケティング費用など事業の運営・育成に必須な費用の想定が甘く、事業の筋が悪くないにも関わらず、
売上が大きくなる前に予算不足で事業継続が困難になる・・・という事例は散見される。
こうした事態を防ぐためにも、費用算出は精緻に行う必要があり、
優れた事業戦略(事業の成長戦略)と事業の予実を管理する為の事業計画(P/L)を作らねばならない。
まぁ、当たり前のことです。
そして最後の実現可能性は「ソリューションを具現化するために必要なリソース(資源)がそろっているか」
という視点である。リソースは知見・人材・お金などだ。
DX新規事業の場合は必ずシステム開発を伴うため、エンジニアやUIデザイナーの存在は必要不可欠であり、
外注する場合はある程度の予算が必要になる。また、エンジニアやデザイナーを確保できたとしても、
彼らのスキルが足りなければ、ソリューションを具現化することはできない。
テクノロジーは日に日に進化しているため、世界を見渡しても実現方法が存在していない…、
という事は少なくなって来ている。難しいのは、「実現できるチームをつくること」なのだ。
高いスキルをもった人材は引っ張りだこなので、常に稼働がうまっている。
仮に空きがでても高額なので予算が折り合わない事も多い。
稼働タイミング・予算が折り合っても、企画内容によっては協力して貰えないこともある。
彼らは仕事を選べる立場なのだ。
そのような意味で、「企画中のソリューションに対して、現実的に構築できるチームはどの程度か」を
考えることが、実現可能性を考えると言っても過言ではない。
このように、有用性・持続可能性・実現可能性を統合に考え、収益をつくり続ける仕組みとして
成立するものがビジネスモデルである。
ところで、
ビジネスモデルを検討する段階、特に事業戦略や事業計画を考える際に「市場規模はどのくらいか?」を
決済者・意思決定者から問われることがよくある。
たとえば広告市場であれば約6兆円(電通「日本の広告費」より)、
マーケティングリサーチ市場ならば約2,000億(JMRA「経営実態把握調査」より)のような数字だ。
質問者の意図は、ビジネスポテンシャルを理解することなのだが、この数字は現実的にはほぼ意味が無い。
というのも、大半の新規事業はリリースから数年間は、数千万円~数億ぐらいの売上になる事が多いもの。
数十億・数百億のような規模には到底ならず、大きな市場規模を意識するサイズ感にはならない。
地道に顧客や売上を積み上げる時期が続くのが現実である。
また、不確実性が高い現代においては、3カ年計画のような中期事業計画さえ実効性が薄れているにも関わらず、
5年後・10年後に数百億とか数千億の市場で○%のシェアを獲る、という計画や数字にあまり意味はない。
そもそも、市場規模の算出は鉛筆をなめる世界であり、眉唾ものの数字が多いもの。
したがって、意思決定者はそのような実体が怪しい市場規模の規模感やロジックを気にするのではなく、
2年後に1億未満の売上ならば終了・予算は初年度で2,000万円のような撤退基準と予算上限を明確に示し、
基本的には「やらせてみよう」という意思決定をして貰いたいものだ。
基本的には失敗する事が多いのが新規事業なので、試行回数を増やすことが一番の成功の近道だ。
もちろん体力のある大手企業や資金調達に成功したスタートアップが、
マーケティング・広告宣伝に大きな投資をして、垂直的な売上構築に成功する例はある。
そのような野望・希望を捨てる必要はないけれども、基本的には例外事象と位置づけて
投資意思決定の基準に持ち込むべきではない、と私は考えている。
話をビジネスモデルに戻そう。
繰り返しだが、有用性・持続可能性・実現可能性を「統合的に」考え、収益をつくり続ける「仕組み」
として成立するものがビジネスモデルである。そして、統合して仕組み化するという役割は、
全体を俯瞰してプロジェクトを推進しているビジネスプロデューサーが、専門家として価値発揮して欲しい。
持続可能性における売上を検討する際に重要なのは、営業やマーケティングの知見であり、
費用を検討する際に必要なのは人件費・開発費といったコスト感の見立て(イニシャルとランニング)、
そしてこれらを踏まえて事業戦略・事業計画に落とし込んでいく。
実現可能性を検討する際に重要なのは、
開発・デザインなどの具現化スキルをもった会社や人材とのネットワーク、
そしてスキルの目利き力だ。また、全てにおいて不確定要素だらけという状況もよくある為、
重層的な知識をベースにしつつも、最終的には決断・判断するという意思決定力も重要になる。
この辺りはマネジメントスキルと共通する部分でもある。
リーンキャンバスを活用する
ビジネスモデルを検討する為のよく知られたフレームワークとして、
ビジネスモデルキャンバスやリーンキャンバスというものがある。
詳しくは詳細は『Business Model Generation(翔泳社)』や『RUNNING LEAN(O’REILLY)』などの
書籍に譲るが、私がDX新規事業の企画を行う際はリーンキャンバスをアレンジして活用している。
リーンキャンバスは有用性と持続可能性の内容を網羅的に記載できるように工夫されている為、
ビジネスモデルの検討の抜け漏れや企画内容の一貫性などをチェックしやすくなる。
また、顧客や新しいプロジェクトメンバーに対して、
検討中のビジネスモデルを手軽に説明できるコミュニケーションツールにもなる。
リーンキャンバスを埋める事が目的になるのは本末転倒なのだが、
新規事業企画の要所要所でこれまでの検討内容を要約し、的確な文章で記載すれば、
自分自身の頭の整理に非常に有効だ。チームでの共通認識を強固にする事もできる。
最後に、私がミルトークという事業開発時に作成したリーンキャンバスを紹介しておくので、
書きぶりの参考にしてもらいたい。
ビジネスモデルはブラッシュアップしていくもの
ビジネスモデルの仮説構築が完了したら、それが本当に成立するのかを検証していく。
UXデザイン&プロトタイピングの段階で、プロトタイプを使った検証活動を実施しているのだが、
これはソリューションが本当に課題解決につながるのか?体験価値が魅力的に感じてもらえるか?
という有用性の検証が主目的だった。
ビジネスモデル仮説の検証段階では、持続可能性の検証、つまり売上構造や費用構造の見立てが
間違っていないかを主に確認していく。
検証方法はやはりインタビューだ。
重点的に検証したいのは、ターゲット顧客に対して「購入してくれる具体的な金額」「購入の阻害要因」
「想定している独自価値・ソリューション・主要機能の魅力度(改めて)」等である。
これらをヒアリングし、売上とコストの見立て(どの程度の機能実装や運営体制が必要か)の精度を高めよう。
ターゲット顧客から生のFeedbackを集めることが特に重要だが、そのような定性情報だと説得力に欠けると
感じる場合は、インターネットリサーチなど定量調査を使って検証する。
インターネットリサーチを活用すれば、
「システム導入の決済関与者(BtoB)」や「衣料品はユニクロよりも無印良品で買う事が多い人(BtoC)」の
ように絞り込んだ対象者に対して、新規ソリューションの購入意向や魅力度を定量的に確認することができる。
あくまでアンケートなので深いヒアリングは出来ないが、
数百名の意見を集められるのでポジティブな結果を得られれば検証に厚みがでる。
この検証活動においても、
「誰に・何を・どのような手法で確認するべきか」というリサーチ設計力が非常に重要となる。
ビジネスモデル仮説の検証を行った結果、
想定通りのポジティブなFeedbackを得られたならば、自信をもって次の工程に進んでいける。
反対に、独自価値が思ったよりも弱そうだ・想定していた主要機能だと不十分かもしれない・
受容単価が想定よりも低いのでコスト構造の抜本的な見直しが必要・そもそもターゲットがずれていた…など、
軌道修正が必要なFeedbackも数多く発生する。
こうしたFeedbackを受け取ったときは、内容を真摯に受け止め、ビジネスモデル仮説の修正を恐れずに行おう。
せっかくここまで検討が進んだので、工程を遡って再検討するのは心理的負担が大きいのは理解している。
しかし、検証活動の目的はビジネスモデルの内容をより良くする事なので、
この手間・暇を惜しんではいけません。
最もやってはいかけないのは、顧客の生声を軽視して自分たちに都合良い解釈を行ってしまうことだ。
あくまで客観的に多面的に検証活動を行い、得られたFeedbackをより良い内容への反映できて始めて
検証に意味がでてくる。気をつけるようにしよう。
それではまた。