英語にするとStory-tellingであり直訳すると「物語を語る力」である。
馴染みが薄い言葉かもしれません。私もはじめて耳にしたのは確か2015年頃なので比較的最近だ。
当時勤めていた会社の米国人社長とグループビジョンの議論をしている最中に、
彼がしきりに「Story-telling is very important to inspire employees」と連呼していたことが印象的で、
ビジネスシーンではどのような意味なのだろうか?と調べたことで頭に定着した言葉だ。
ストーリーテリングは物語を語る力なので、物語を語れば良いことは誰しも想像できると思うが、
ビジネスシーンにおける物語とは何か?が重要になる。
ビジネスプロデューサーとしてのストーリーテリング力とは
広辞苑(第6版)で物語の意味を調べると次のような内容がでてくる。
【物語】
・話し語ること。また、その内容。よもやまばなし。
・作者の見聞または想像を基礎とし、人物・事件について叙述した散文の文学作品
・人形浄瑠璃・歌舞伎の時代物で、主役が思い出・心情などを語る場面、またその演出
ビジネスシーンで応用できそうな意味は③で、主役が思い出・心情などを語る場面や演出だ。
演劇・映画・漫画では、主役やキーパーソンがさまざまな困難や障害を乗り越えて物事を達成していく過程や、
成長していく過程がよく描かれるが、その描き方が秀逸であれば私たちは心が動かされて感動する。
それが物語の力である。
これをビジネスシーンにあてはめると、ストーリーテリング力とは、
「自分の体験や感情を乗せてプレゼンテーションを行い、聞き手の、心と身体を動かす力」となる。
心が動く=感動であり、身体が動く=行動だ。
ストーリーテリングで思い出されるのは、スティーブ・ジョブス氏が2005年6月にスタンフォード大学の
卒業式で行ったスピーチだろう。非常に有名なので実際に視聴された方も多いと思うが、
「点と点をつなげること」「愛と喪失」「死」という3つのテーマを自分の人生と重ねて語り、
最後に「ハングリーであれ、愚か者であれ。」という力強いメッセージで締めくくられた伝説的スピーチだ。
氏の波乱万丈な人生と偉業が、物語を世界中の人々を惹きつけるものに昇華させている。
スティーブ・ジョブス氏のスピーチが、ストーリーテリング力を非常にわかりやすく説明できる事例なので
ご紹介したが、ストーリーテリングには彼のように世界中に影響を与える人生経験が無いといけない、
という事ではない。私たちがそれぞれにもっている人生の経験にも、必ず物語の種が育まれている。
日常にある物語
実際に私に大きな影響を与えてくれたプレゼンテーションも、
昇格できなくて悔し涙を流した若手社員が、直後の部会で涙をこらえてMVP取得宣言をした3分間スピーチ
(彼女はその後ちゃんとMVPとって昇格した)や、
退職を数年後に控えたベテラン社員が、これまでの経験に触れながら最後にやりたい事を一生懸命に語った
15分プレゼンテーションなど、日常業務の中に存在していた物語だった。
いずれも彼女・彼の心がビシビシ伝わってきたので、何とか力になってあげたいと自然に思えましたし、
実際に若手社員のサポートする時間を増やし、ベテラン社員がやりたい事に専念できるよう異動を
意思決定するなど、私の行動変容につながった。
彼ら自身はもちろん意図していなかったと思うが、ストーリーテリング力の効果で上司を動かしたのだ。
ただ、感情を乗せれば何でもストーリーテリングになるかと言えば、そうではない。
良い物語は起承転結などの構成がしっかりしており、聞き手の状態に合わせた文章・映像を選ぶ、
人々を飽きさせない工夫を散りばめるなど、さまざまな検討がなされている。
先ほど紹介した2人の社員の事例は、それぞれ短い時間のプレンテーションではあったが、
伝えたい事をしっかりと準備していた事が伺え、話の筋のわかりやすく、そこに感情がしっかり
乗せられていたのでストーリーテリングになっていたのだと思う。
反対に、自社の歴史・自分の体験を長々と話すだけの単調な構成や、
思いが強すぎて話の筋が支離滅裂で言いたいことが伝わらない発表などは、一見長い物語り風だが、
人の心と身体を動かさないので、ストーリーテリングとは呼べない。
物語の7タイプ
関連話題として、クリストファー・ベッカーの著書『THE SEVEN BASIC PLOTS Why we tell stories』で
解説されている、ストーリーテリングの考え方をご紹介する。
人々を惹きつける物語は次の7つのタイプのいずれかに当てはまるという考え方だ。
<物語の7タイプ>
1・Overcoming Monster:モンスター退治
2・ags to Riches:無一文から大金持ちへ
3・The Quest:冒険の旅
4・Voyage and Return:出航と帰還
5・Comedy:喜劇
6・Tragedy:悲劇
7・Rebirth:生まれ変わり
それぞれの単語を見れば何となく物語の筋が想像できるかと思う。
類型化の対象に映画やドラマが想定されているため、日々のビジネスシーンでそのまま活用すると、
誇大表現になり上滑りするプレゼンテーションになりそうでもある。
ただ、ちょっとした工夫でエッセンスを取り入れる事はできるだろう。
たとえば、なかなかYesと言ってくれない経営陣からの予算獲得はOvercoming Monster(ラスボスが決済者)、
長い海外赴任を終えての帰国はVoyage and Return、大きなトラブルを経験した後に大きく成長したならば
Rebirthのようなイメージだ。
自分の経験にストーリーテリングのエッセンスを加えると、
話に世界観とユーモアがうまれるため人々が耳を傾けやすくなる効果がある。
こうしたエッセンスなども取り入れながら話の構成を冷静に練り、
発表するときは自身の想いや感情を乗せて心を込めてプレゼンテーションする。
それが良いストーリーテリングの秘訣である。
前記事で解説した言語化力・図解力は理性に訴える論理優位型スキルとするならば、
ストーリーテリング力は感情や心に訴える情理優位型スキルである。
そして、自分の体験や感情をプレゼンテーションに乗せていくので、
感情が動く経験を豊富にもっている方がストーリーテリングできる確率が高まる。
感情が動くのは知識よりも経験。経験は行動することでしか得られない。
ビジネスプロデューサーの最初のコアスキルである「行動力」は、
ストーリーテリング力にも良い影響をもたらしてくれるのだ。
それではまた。