新規事業の企画やマーケティング戦略立案のお手伝いをしていると、
「ブランドは大切にしたい」「ブランディングに力を入れたい」という会話が生まれる。
一貫したコミュニケーションを通して創られていくのが「ブランド」なのだが、
ブランドは人によって定義や使い方が様々で混乱しやすい概念だ。
ブランドの定義に共通認識が無いと、実現したいこと・実現したい状態が揃わず、
有効なアクションプランを導けない。
共通認識をもつために、ブランドに関する基礎知識をお伝えしようと思う。
ブランドの歴史と定義
このブランドという言葉、
企業を表している事もあれば商品そのもの、あるいは商品群を表している事もあり、
人によって使い方がまちまちである。言葉を使っている当人たちも定義や意味を的確に
理解していない事も多く、「ブランドとは何か?」と聞かれると説明するのが難しい人が多いだろう。
たとえば皆さんが「好きなブランドは何ですか」と聞かれたら何を思い浮かべるだろうか。
パナソニックやソニーという生活家電メーカーを思い浮かべる方もいるだろうし、
エルメスやバーバリーのような高級服飾企業、iPhone・スーパードライ・ジョージアという特定の商品、
Sales forceやMoney fowardなど企業名=商品名になっているSaaSなど、
人によってブランドから連想するものは様々だ。
私たちが生活している世の中には無数のブランドが存在している。
そもそもブランドの起源は、陶器・土器・彫刻を制作した陶工や石工などの職人たちが、
「これは自分の作品である」という事を明確にする為に、
作品に意匠マークをつけた事が始まりだと言われている。
意匠マークは古代のギリシャやローマの陶器などにも確認されている。
陶器や土器は制作場所から離れた場所で売買されることも多かった為、
購入者は意匠マークを見て「●●が作ったものだから良いモノだろう」
のように品質判断の基準にしていた。
この意匠マークの考え方が非常に便利だったため、生活必需品であるパンや金物、
そしてタバコや服飾品という嗜好品など、時代が進むのと並行してさまざまな商品に応用されていった。
マーケティング先進企業として名高いP&G社の例で言えば、
1851年頃に製造していたロウソクが船着き場で働く商人たちに高く評価されていた事を受けて、
ロウソク木箱のパッケージに★マークをあしらい、「このロウソクはP&Gのものだから安心です」
という事を明示し、商品のファンを増やしていったと言われている。
このようにブランドとは、ある生産者の商品を、別の生産者の商品と識別する手段として生まれ、
品質を保証し安心感を与える役割として発展した。
なおアメリカ・マーケティング協会によれば、
ブランドとは「個別の売り手もしくは売り手集団の商品やサービスを識別させ、
競合他社の商品やサービスと差別化するための名前、言葉、記号、シンボル、デザイン、
あるいはそれらを組み合わせたもの」とされている。
この定義を広く解釈すれば、すべての商品やサービスをブランドと呼ぶことが可能になるが、
マーケティングの現場においては、市場で一定の認知・評判・好意を獲得している商品やサービスが
ブランドと呼ばれる傾向にある。
つまり「市場で明確に差別化された知覚を保有しているか」が、
その商品やサービスをブランドと呼べるかどうかの判断基準になっているのだ。
たとえば、高品質×低価格な衣料品や生活雑貨といえばユニクロやニトリを思い浮かべる方は多いだろう。
それぞれ市場で存在感を示し、明確に差別化された知覚を保有しているので、
ユニクロとニトリはブランド化している。
一方で、たとえば実は私がTAKASHI NAKANOという名前で衣料品を製造販売していたとしても、
市場で一定の認知や好意を獲得していないし、もちろん差別化も実現されていないのでブランドとは呼べない。
ブランドとは「市場で明確に差別化された知覚を保有しているもの」だと覚えておこう。
商品やサービスをブランド化するためのマーケティング活動をブランディングと呼ぶ。
ブランドは企業と顧客それぞれに多くのメリットをもたらしてくれる。
顧客視点で差別化されていることが重要
多くの企業がより良い商品やサービスを開発するために、毎日努力を重ねている。
そして、マーケターは競合商品ではなく自社商品を選んでもらえるよう、
さまざまな工夫を凝らしてマーケティング施策を実行していく。
しかしそれでも、多くの商品やサービスは顧客から「大した違いはない」「どっちもどっちだな」という感想を
持たれてしまい、差別化が実現しない。
たとえばあるスナック菓子の商品の味やパッケージを大きく変更し、
作り手としては斬新でユニークな商品にリニューアルできたと感じていても、
それが顧客へ伝わっていない事はよくある。
差別化されているかどうかは、自分たちが意図したかどうかではなく、
”顧客が、市場がそのように知覚しているかどうか“が重要なのである。
顧客の頭に残っている、商品やサービスに関する知識・経験・イメージ・意見・感情などの総和が、
その商品やサービスが持っているブランドの力だ。
このブランドが持っている力のことをブランド・エクイティと呼ぶ。
顧客から特に何も想起されない商品は、ブランド・エクイティを保有していないという事だ。
また特定のイメージや知識を持たれていたとしても、競合商品との違いがまったく知覚されていなければ、
その商品はブランド化していないと考える。
マーケターにとって、さまざまなマーケティング活動を通して、
顧客に対してブランド・エクイティを構築する事が重要な役割となる。
強いブランドのメリット
ブランドは無いよりはあった方が良いという事は、詳しい説明が無くとも誰もが納得することだろう。
しかしながら、ブランディングに積極的に投資している企業はごく一部だ。
この原因として、強いブランドを持つことのメリットが充分に理解されていない事が考えられる。
強いブランドは企業と顧客それぞれに多くのメリットを提供するので、その内容を理解しておこう。
まずは企業側のメリットから見ていこう。
自社や自社商品のブランド化に成功すれば、顧客がそのブランドを購入・所有する事の価値が大きく高まるため、
競合よりも高い価格で商品を購入して貰えるようになる。
また強いブランドは通常、売上を伸ばしやすいのでビジネスの規模が大きくなり、
その波に乗りたい流通業者やベンダーから積極的な支援を獲得できるようになる。
アライアンスやコラボレーションを提案される機会も増え、新しいビジネスチャンスに巡り合う確率も高まる。
このように強いブランドは大きなビジネス・新しいビジネスチャンスに恵まれる為、
その可能性に惹かれて優秀な人材が集まりやすくなる。採用力の向上にも寄与するのだ。
また、強いブランドは社員のロイヤリティも向上させる。
社外交流会や飲み会などで、企業名がブランド化している会社に勤めている方が名刺交換する際に、
「凄いですね!」と周囲が反応しているシーンを見かけたことはないだろうか?
社外の人から自社や担当商品を褒められるのは誰だって嬉しいもの。
私の友人も、自分の担当している商品がレクサスである事をいつも誇らしそうに語っている。
強いブランドは社員や関係者のロイヤリティを向上させる効能を持つのだ。
顧客もビジネスチャンスも人材も、強いブランドの下に集まると心得ておこう。
また、ブランドは企業側だけでなく、顧客側にとってもメリットがある。
顧客に時間やスケジュールの余裕が無い、あるいはどの商品を購入すべきか迷って決められないような場合、
「とりあえず最も有名なブランドの商品を購入しておこう」という購買心理は想像できると思う。
ブランドには購入を後押しして、購入プロセスを簡素化してくれる効果があるのだ。
また、世の中には無数の商品やサービスが存在しているため、
何らかの商品を購入した後に「別の方にすれば良かったかもしれない」と不安がよぎる事がある。
しかし、購入した商品がブランド化していれば「●●だからきっと大丈夫だろう」と安心感を得ることができる。
他にも、自動車・時計・宝飾品など嗜好性の強い商品を購入する場合に、
憧れのブランドを購入することによって「ずっと欲しかった高級●●を手に入れる事ができた!」という
誇らしさや充足感(情緒的価値)を獲得する事もあるだろうし、業務上において自分が導入したいサービスや
ソフトウェアが有名ブランドのものであれば、上司や周囲へ説明する際に納得して貰える確率が高くなる。
反対に、ブランド力が無い商品やサービスは、残念ながら品質に不安を持たれがちなので導入ハードルが高くなる。
このように、強いブランドは自社のみならず、生活者・ビジネスパートナー・求職者などさまざまな
ステークホルダーに良い影響を与えるため、企業や商品をブランド化することのメリットは計り知れない。
もちろん、最大のメリットは自社を選んでもらえる確率が高まり、結果として効率的に売上を伸ばせることだ。
また、繰り返しになるが、ブランド化しているかどうかは自社が決めることではなく、
顧客視点で差別化されていて、その差別化が購入に安心感や意欲を与える必要がある、
という事をくれぐれも肝に銘じておくようにしよう。
それではまた。